
『プラダを着た悪魔2』を観て、「素敵に歳を重ねる」とは何かを考えた
35年以上前、ミラノで
ファッションバイヤーとして
働いていた私には、
劇中の空気感や価値観が、
“ 細胞レベル ” で理解できました。
この記事では、映画を通して
思い出したイタリアでの実体験と、
「75歳を過ぎても素敵な人」
でいることの尊さについて綴ります。
『プラダを着た悪魔2』——細胞レベルで共鳴した、あの頃の自分
35年以上前、ミラノで
ファッションバイヤーをしていた私にとって、
『プラダを着た悪魔2』は、
「わかる……!」の連続でした。
企業の駐在員とはいえ、
日本人の、しかも若い女性が、
たった一人でコレクションや
展示会にいく——
今でこそありうることですが、
当時は本当に稀有なことでした。
あの頃の私は無知過ぎて、
物怖じということを知らなかったのですが、
ミラノのファッション業界では、
毎回のように、上から下まで、
舐めるように見られる、いや
” 値踏みされる “
のが当たり前でした。
服、靴、バッグ、髪、
メイク、姿勢、空気感。
すべてを一瞬でチェックされる世界。
その空気に晒され続けるうちに、
「もしかして、私ってイケてない……?」
と思うようになりました。
まさに、『プラダを着た悪魔』第一作で、
アンディが受けた “ 洗礼 ” そのものです。
海外のファッション業界の人の
あの目線、本当に露骨で驚愕でした。
そこからは私は、
ファッションヴィクテム* 一直線。
駐在員として、人並み以上に
いただいていたお給料は、
全部ファッションへ。
*ファッションヴィクテム=
ファッションの犠牲者。
ファッションにお金もエネルギーも注いで
振り回される人、といった意味。
イタリアの尖った業界人と渡り合うには、
最先端のモード服という
「鎧」が必要で、
彼らと対等に渡り合うためには、
言葉以上に
「何を着ているか」が、
重要だったのです。
『プラダを着た悪魔2』を観て、蘇った “ コモ湖の記憶 ”
映画の中で、コモ湖の
美しい別荘のシーンが出てきます。
あの場面を見た瞬間、昔の記憶が
一気によみがえりました。
当時、お世話になっていた
取引先の社長夫妻が、
コモ湖の別荘に
招いてくださったことがあったのです。
映画に出てくるようなテラスで、
ゆったりお茶をいただきながら
過ごした時間。
今思い出しても、
夢のような光景でした。
その帰り道。
コモからミラノへ戻る車の中で、
「ヒロコ、遅いから
うちで何か軽く食べていけば?」
と言われ、お宅に寄らせていただきました。
でも——
“ 軽く ” のはずが、
出てきたのはステーキ!!
しかも、当時
75歳くらいだったご夫妻が、
夜10時を過ぎてから、
軽やかにステーキを召し上がっているのです。
・・・仰天しました。
シチリア出身で背が高く、
金髪の老夫婦が、
キャンドルの炎だけが揺れる
薄暗いテーブルで、
背筋をしゃんと伸ばして、
ファッショナブルないでたちで、
夜10時過ぎにステーキを頬張っている。

——その図が、
圧倒的すぎて衝撃でした。
「イタリア人にとって、
貪欲に食べて、おしゃれでいる。
それは年齢に関係なく、
息をするくらい
当たり前なことなんだ」
あのとき初めて、人生における
ファッションの意味が
腑に落ちた気がしました。
生涯ファッショニスタ、という在り方
アルマーニは91歳まで現役で、しかも
かなりかっこいいおじいさんでした。
映画の中のミランダは75歳という設定で、
71歳のドナテッラ・ヴェルサーチェ、
72歳のブルネッロ・クチネッリといった、
本物のファッションアイコンたちが
カメオ出演しています。
そして、みんな驚くほど “ 現役 ” 。
それが、この映画に説得力を与えています。
いくつになっても
ファッショニスタであり続ける人って、
やっぱりカッコよくて憧れます。

仕事を愛する女性なら、きっと刺さる
劇中でミランダが、
「仕事を極めるために、
人生で多くのことを
トレードオフしてきた」
と語る場面があります。
あそこも、本当に胸に刺さりました。
一緒に観ていた娘から、
「ママ、結婚してなかったら
ミランダみたいになってたかもね」
と言われました。
あんなにすごいキャリアではないけれど、
仕事への飽くなき欲求は、
似たようなものだったかもしれない
——と苦笑してしまいました。
幸か不幸か、私はミランダと違い、
一度仕事を手放さざるを得ない
時期がありました。
だから暴走せずに、
今に至っているわけですが、
仕事を愛する女性なら、きっと
自分の人生を重ね合わせながら
観てしまうはずです。
『プラダを着た悪魔2』が描いているもの
『プラダを着た悪魔2』では、
・積み重ねた経験と最新のアルゴリズム
・キャリアと孤独
・美意識と老い
といった、二元論的なテーマが描かれています。
だからこそ、多くの観客が、
「自分の20年後」を、こうした対比に
重ねて観てしまうのではないでしょうか。
人類が長寿に向かう現代では、
成功して一丁上がり!ではなく、
その後の長い人生をどう生きるのか?という
新たな命題が突きつけられています。
仕事や魅力的でいることを
早々に諦めずに、
長い人生を思い切りエンジョイしたい。
そんな私たちのインサイトを
見事にあらわしてくれたのが
この作品なのかもしれません。
映画館を出たあと、少し背筋が伸びた
この映画は、
ファッションの物語であると同時に、
人生の達人になるための
深い示唆を含んでいます。
映画館を出るとき、私は気がついたら
普段より少しだけ
背筋を伸ばして歩いていました。
「私も、75歳を過ぎても、
しゃんとした女性でいよう!」
そう思わせてくれる映画です。
気になった方はぜひ、劇場で。
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